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好奇心で人を殺したことがある。
ただの好奇心だったのだけれど、警告は聞かないふりをしていたし、その先も見ないふりをした。
おさげのよく似合う、黒髪の、私とそう歳の変わらない女の子だったと思う。
よく夢の話をしたし、それ自体も夢だと疑わしいような不思議な娘だった。
別に仲が悪かったわけじゃない。
強いて言うなら好奇心。
好奇心で、私は彼女を殺してしまった。
その時の臭いは夢とは思えなかったし、腐敗が始まってもいないのにそんな臭いがしたことはよく覚えている。
まだ鼻腔に残ったそれは、吐き気を催すには充分だった。
ただの血と肉の詰め物になってしまったのだから当たり前だ。
かき集めて押し付けてみてもくっつくわけはなかったし、もう二度と動くこともなかった。
そんな、夢。
……だと、思う。
le cadavre exquis
「ぼんやりしているね」
ふと話かけられて我に帰る。
「…今日は夢見が悪かったから」
そんな夢を見たからか、そんな周期だったからか。白いシーツには真っ赤な染みができていた。
自分で洗おうと思ったが、メイドさんがすべてやってくれてしまった。
恥ずかしいから止めて欲しかったのだけれど、言葉が通じないのでどうにもできなかった。
淡々とこなしてくれたのでそれほど羞恥もなかったと言えばなかったが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
でも、いつの間に人が変わっていたのだろう。
以前のメイドさんはもっと愛想が良かったと思ったのだけれども。
今日の君はいつもより良い匂いがするね、と言われてまた我に帰る。
そんなの紳士に言える訳が無い。
目の前の青年の視線を避けるように、カップへと視線を注ぐ。
「な、なんでだろうね?シャンプーかな」
「君と僕とは同じシャンプーの香りだよ」
異性の特徴とは気づき難いものというのが一般的な気もするけれど、彼は違うのだろうか。
内心かなり焦っている私を尻目に、召使に何かを言っているようだった。
「うん、じゃあ、とりあえずだけど。
寝つきが良くなるように、何か別のお茶を淹れさせるからね」
「ありがとう、あの……」
「ラロだよ。ジュリアン・ラロ。
ジュリアンでも、ラロでも良い。君の好きなほうで呼んでくれれば、僕は嬉しいよ」
「ら、ラロ………ううん、じゅ、ジュリアン」
「うん」
忘れちゃった?と満足そうに笑う彼はとても優しい。
過保護かと思うほどでもある。
名前の通りの美しさ、藤色の睫毛の下から覗く瞳に全てを射抜かれてしまいそうな、そんな枯色のような。
「でも、やっぱりぼんやりしてるね。
どうしたの?僕の話がつまらないとか、お茶が口に合わないとか。
何でも良いから気になることがあったら言って欲しいんだ。
僕はもっと君とお喋りしたい」
とても良い環境で、召使もいて、欲しいものにも困らない。
何でも気づかってくれる彼は紳士だと思うし、誰からも好かれるだろう。
そんな彼から、どうして私は逃げてしまったのだろう。
「それか……そうだね。まだ思い出せないでいるのは不安だよね。君の話をしようか」
私は一度、ここから出て行ってしまったらしい。
「君はずっとここにいるって言ってくれたのに」
というのも、私はここに来る前の記憶が全く思い出せないでいる。
「でも、やっぱり帰って来てくれた。君も僕を愛していてくれた。それがわかって、僕は、僕たちは、かな。今本当に幸せなんだよ」
外は病気や悪意で満ちているし、頭のおかしい人が沢山いて、とても危ないところだと聞いた。
体の弱い私は外で死んでしまっているんじゃないか、どこか別のところで悪い人に捕まってたりしないか、……と彼はとても心配してくれたらしい。
こんなに愛されてたのに、私は何が不満だったのだろう。
今忘れてしまっていることも。幸せに背いて天罰が当たったのだろうか。
「またぼんやりしてる。お菓子でも食べる?」
出された新しい紅茶とともに、促されたタルトはとても甘くて頬が緩む。
「おいしい!」
「そう?良かった。
前の君は、あまりおいしそうじゃなく食べるものだから。苦手なのかと思ってたよ。
……そっか、変わってくれたってことなのかな」
「変わったって?」
「僕と君と、もっと相性が良くなるように」
色気も無く、パクパクと食べる私へ不釣合いな歯の浮くセリフ。
恥ずかしさと嬉しさでどうにかなりそうだ。
「ふふ、ここについてるよ」
頬についた菓子をすくい取った手には包帯が。
滲んだ血はもう乾いているようだった。
「じゅ、ジュリアン」
「どうしたの?……ああ、これかな。大したことないよ」
「大したこと無いって言ってもその、その血……」
好奇心は猫をも殺す。
私の場合は人をも。
夢とはいえ殺してしまっているのだから、あまり深入りはしない方がいいような気がしたけれども。
どこかでそんなことを考えながら、その衝動に押されてしまっていた。
「君は臆病なところは変わってないんだね。嬉しいな。
これはね、噛まれちゃっただけ。だから、もう治ってるよ。大丈夫」
ほら、と包帯を取って見せると、すっかり傷は癒えていた。
そんな危ない動物なんていたっけ、と思い出してみようとする。
ああ、ああ、やめた方が良いのに。
小鳥はいた。狐狩りはしなさそうで、兎がかじるのは草だ。
いけない、いけない。
気分が悪い。
「……ちょっと、一人にさせて」
+++++
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彼に連れられて廊下を進み、螺旋階段をゆっくり昇る。
いやでも目に入るのが召使たちだけれど。
「前の人たちはみんないなくなっちゃったのかな…」
随分と様変わりしたようだ。一見すると人払いでもしてしまったのかのようにも見える程。
「うん、だいぶ変わっちゃったかもね」
彼はというと、そんなことなど対して興味が無いようだ。
「前のメイドさんは?何度かお話してくれたんだけど…」
前に私についてくれていた使用人さんは、まだ若いけれど頑張り屋で、言葉の通じない私にも一生懸命意思疎通を図ってくれた人だった。
歳が近かったのもあって親身にしてくれた、数少ない人だったのに。
「前のあの子はね、君のドレスを着ようとしていたから首にしたよ」
耳を疑うような言葉にさっと彼の顔を、瞳を見る。
紅茶のおかわりと頼むのと同じ調子でひどいことを言ったように聞こえた。
「君のために仕立てたドレスだったのに、触るからいけない」
「え……、う、うそ、だ、だって、女の子だもの、まだ若かったし、そういうことだって誰だって、」
「君の髪を梳かしていたあのメイドは、君の髪を数本引きちぎったね。だから首にした」
「あ、あれは誰にだってある」
「君の部屋の掃除婦。僕の君の物に勝手に触るから首にした。
庭師は君と目が合ったね、僕の君と。だから首にした」
「…………」
段々と言っていることが変になっている気がする、でも、でもこれは…。
「でも、君は誰にでも好かれるから、誰からも守らないといけないんだよ」
そうか、そうだ、愛されているんだ。……そう、思う、のだけれど。
おぞましい思考が脳髄を駆け巡る。
聞いてはいけない。でも、聞かないといけない。
ここにいる以上は。
「ねえ、私……なんで、色んなこと、覚えてないのかな」
「何かの物理的なショックを受けたんじゃないかなと僕は思うけど」
「その噛み傷はどうしてついたの?」
「噛まれたんだよ」
「どうして?」
「突き落とされそうになったからじゃないかな」
「それは、誰に」
「それは僕に」
傍らの彼を突き放し廊下を駆け上がろうとしたが、腕を掴まれて一気に腕の中へ捕らわれてしまった。
隙間を潰すように強く強く抱しめられる。
「ふふふ、惜しかったね!もうちょっとで部屋に戻れたよ?
ここならまた同じやり方になっちゃうじゃないか、でも仕方ないよね?」
股座の間から流れ落ちる血の匂いにむせる。
あの時もそんな匂いだったか。覚えていない。
あの時?彼を突き落とした時?
私を抱く腕が痛い。耳元の吐息が熱い。
「腕、痛かったよ。
……でも面白かったから今回はこれで許してあげる。
君のあんな顔が見れて本当に良かった。
また遊ぼうよ、そうしてもっともっと別の、色んな顔を見せて。
一番良いときの腕と、脚と、そうして頭を揃えてまた僕の物になって。
大丈夫だよ、ちぐはぐになってもそれは君だから可愛いんだ。愛してるからね」
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