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カリスト

もしものお話

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今年も花束が届いた。
私が生まれたときから今までずっと届く花束の届出人は、父の名前。
この白いカーネーションは、母が好きだった花だそうだ。


物心ついた頃には、祖父の大きな背中を見て育った。
父はもう亡いんだと、母はもういないのだと教えられた。
星に手を伸ばすのもその血筋だという話。

「本当かな」

科学が否定されているこの街で?

紙上の星座をなぞる指を見ながらぼんやりと思い出す。
科学など化学など、認められてきているといえどまだまだだ。
父は星を研究していたという。
手を伸ばしても届かないものを、どうして目指そうと思ったのか。
まだ私にはわからない。

考えを振り払うように本を閉じて立ち上がる。
屋根裏のスペースに本棚がぎっちり詰められたこの部屋は、亡父の書斎だった。
床から天井への距離が近く、洞穴のような隠れ家のような……そんな雰囲気のある部屋で、結構気に入っている。
星が覗くように開いている窓からは、今は暖かな日差しが照らしている。
天体のことを綴ったノートを本棚に戻そうとすると、ひらりと紙切れが落ちていった。

紙切れ…じゃない。封筒だ。
中を見てみると、古いフィルムが入っていた。


****


「兄さん、こりゃあ難しいよ」

写真屋の店主が声を上げる。
見るからに古いフィルムだったから、当たり前だろうとは思った。
「そうですか…現像は無理ですか?」
「ただ、保存状態は結構良いみたいだねえ。時間を貰えればなんとかしてみせよう」
安堵の表情を浮かべたであろう私に、店主はウィンクして見せた。
「大事そうなフィルムだしね」
「あ……ありがとうございます!」
「その間、商店街で時間を潰してくるといい。最近は面白い店も入ってることだろうよ」
そう言うや否や、すぐに奥へと引っ込んでしまった背中を見送る。

「……あ」

時間を潰せというが、どれくらいか。
それを聞きそびれてしまったな。

時計の音がカチコチと心臓に響く。
古いカメラが並んだ棚からは、懐古的な懐かしさを覚えた。
そんな室内とは対照的に、白く染まった屋外に出る。
街には雪が降り始めていた。
ふうふうと、吐く息が白い。
体温を奪われぬように、上着の襟を整えた。

****

ざくざく、と歩を進める。
特に目的は無く、目標地点もないが、気づくと丘へ登っていた。
雪かきなどしているはずも無い道は少し厄介だったが、そんなに大きな坂では無い。
すぐに頂上へと着いた。

光が目を貫く。
今までの獣道とは全然違う、開けた視界が眩しく感じる。
街を見下ろすことの出来る一番良い場所。
そういやこんなところ、あったっけな。
小さい頃によく来た覚えがある。
悲しいことがあるとよく一人で泣いた。

「泣き虫だーって、よく馬鹿にされたよな」

「ええ、小さい頃から泣いてばかりでね」

はっと横を見ると、自分しかいなかった空間に少女が立っていた。
どこにでもいるような、ありふれた赤毛に、そばかす顔。

「本当に、あなた。あのひとによく似ているわ」

微笑んだ紫水晶の瞳は、とてもとても優しかった。





どのくらい時間が経ったのだろうか。
ふと気づくと日が暮れていた。

墓標に刻まれた名は、よく見知った名。
吐く息が白い。
眼球が、瞳がとても熱い。
ぼろぼろと零れる涙は腕で覆い隠せない程あふれた。


星が見ていた。
遠く月を照らすように眩しい、あの二重星。


☆☆☆☆


カリスト


☆☆☆☆



現像が終わった写真を見ると、赤子を抱いた女性が微笑んでいた。
どこにでもいるような、ありふれた赤毛に、そばかす顔。
結局あれは幻だったのか、夢だったのか、それとも全くの別人だろうか。

「……そんなことも、あるよな」

後から気づいた話だが、毎年の花束は祖父が贈ってくれていたものだった。
二人を忘れないようにというのは、祖父自身もそう願っていたからではないだろうか。
今年からは、祖父母に赤い華を贈ろうと思う。

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