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1.触れる

ほもくさいです注意

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「昼間から酒かっくらうとは、よほど機嫌が良いと見えますね」
「ああ、今日中に終わらせないといけなかった仕事を終わらせたんだ」
研究室に戻ると、いつもの光景が広がっていた。
無機質なソファとテーブル。
面白味の無い、白い、無口なそれらが迎えてくれた。


部屋の主――深海景は、こちらを振り返ることなく答える。
声の調子から、本当に機嫌が良いのだろう。
「突っ立ってないで、入ったらどうだ」
「あまりに機嫌が良いようなので、僕はお邪魔かなと思って」

「別に構わない」

座れ、と指示されたので向かい側のソファに腰を下ろす。
軍服の首元を緩めていると、景と目線が合った。
酔っているのだろう。かすかに顔が赤い。

「君に一つ聞きたいことがある」

話しながら、ちらちらと顎の周りを触っている。
この仕草は、ああ。

「口寂しいですか?」

「ここにあった箱は何処へやった」
「ああ、あの緑の箱の」

黒と緑の色をしたあれだろう。
いつも白衣の内ポケットにいれて持ち歩いていたのを覚えている。
考えに詰まった時とかに、火をつけて――

「ココアシガレットだったんだが」
「へえ、それにしては苦いココアシガレットもあったものですね」

カラカラ、とグラスの氷をぶつかせ合う。
それは美しい琥珀色をした液体の中で、反発しあう。
不満げな顔だ。何か言いたいのは見ずともわかる。
次第にその視線が鋭いものに変わり、睨みつけてくる。

「あまりに美味しそうな匂いだったので、食べちゃいましたよ。
 本当にシガレットみたいな匂いでしたからね。
 残念ながらココアシガレットの匂いではなかったですけど」
「君は……本当に…ッ」

そういえば少し高いものだったか。
煙草は普段吸わないからわからない。

「でも、何を食べても灰の味しかしないんです」

ぼんやりと、この間のことを思い出す。
煙草の匂いがした。あの時は――…

「……とうとう味覚が馬鹿になったか。変なものばかり食べるからだな。ざまあない」
「ひどいなあ。先生なんだから治してくださいよ」
「それは無理だな。私は医者でも、精神の方の先生でもない」
「そんなこと言わないで」

酔っているからか、返ってくる反応がやや遅い。
これならばと、テーブルに身を乗り出し、その勢いで景の右手を押さえる。
自然と見下ろす形になり、顔の距離も近くなる。
そして開いている左手で、薄い唇をなぞり、

「先生がキスしてくれたら治ると思うんですけど……」

「まだ懲りてないのか。……駄目だ」
「先生は、僕のことがお嫌いで?」

意地悪な質問だということは重々承知しているつもりだが、どうしても聞くことを止められない。
いつも答えは決まっている。それも分かっている。

「ああ、嫌いだな。大嫌いだ」
「そう、……ですね」

返答は同じだ。期待する自分がおかしいのだ。
あっけなく手を離す。と、
景はグラスの中のウイスキーを飲み干し、立ち上がる。

「酔いが覚めた。……私は煙草を買ってくるよ。
 君は……好きにしていればいい」


景が去っていくと、部屋には自分一人だけになってしまった。
ツンとした空気が耳を刺す。
軍服をソファに脱ぎ捨てると、さっきまで景が持っていたグラスに触れる。


373.15Kの融点


氷はすでに溶けてしまい、水だけが残っている。

隔てているのは紙の薄さほどの氷だろうか。
いくら触れることが出来ても、傷をつけても、そんなことをしたとしても、彼に真に触れることなど出来ないだろう。

グラスに口をつけ、一気に飲み干す。
――ああ、苦い。
アルコールはもう残っていないのに、喉を滑り落ちるそれはとても熱かった。


「何を食べても、灰の味しかしないんです」

それは嘘だ。
ポケットから箱を出し、取り出した煙草に火を灯す。
口に咥えて、深く息を吸って。
まるで子供のようだと自分でも思うのに。

吐き出した紫煙が視界を鈍らせる。
それすら、この空気を濁してくれるのならば、心地良い。







***
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赤信号2の続きのようなものを勝手に。

お題はShake up life!さまからお借りしました。

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